2024/04/18 18:05

「火神-aguni-」 


 “入らずの山”で行方がわからなくなる者が出たのは、これでもう何度目だろうか。


 知らせを聞いた老婆が、「まだ、アレが出よるんけえ…。」と力なくつぶやくと、その家の主人が、目を瞑りゆっくりかぶりを振った。


 もう50年近く前になろうか。村の裏山にある炭焼き小屋で働く親子が、ある日を境に姿を見せなくなった。心配した村人が親子を探しに山に入ったが、ほどなくして痛ましい姿となった父親の骸(むくろ)が発見された。そしてその後村人がみたものは、姿を消した娘の姿によく似た、“巨大な土蜘蛛”だったという。


 以後、村ではその地域を“入らずの山”と呼び禁足地とした。


 時折、村を通りすがった腕に覚えのある浪人が、一宿一飯の礼に、と言っては化け物退治に向かったり、血気盛んな村の若い衆が数人で向かったり、といったことがあったが、いずれも村に帰ってくることはなかった。唯一、途中で怖気付いて逃げ出してきた男が、獣道の途中で折れた刀身や矢、食い破られた着物を見たという。


 そしてこのたび戻ってこなかった者は、件の親子の親戚にあたる老女であった。長きに渡って辛い思いをしたであろうことは想像に難くない。姪にあたる娘の姿をした物ノ怪を諭すつもりであったろうか、と村人たちは噂した。


 村人たちは寺の総代のもとに集まり、どうしたものかと話し合った。元より貧しい村。武器と呼べる物はなく、かといって武士に頼む金もなく、自らが鍬や鎌で対処するには心許なかった。そして、総代の長い沈黙のあと、入らずの山ごと焼き払おう、ということになった。

 

 

 ある晩秋の日、日の出とともに、村の男衆総出で山の麓を取り囲み、徐々に山裾から登っていった。脂汗を滲ませながら山の範囲を狭めていく中、例の炭焼き小屋が目に入ってきた。「あっ!」と誰かが叫んだ。もはや崩れかけた廃屋を取り囲むブナの大木の上に、黒く蠢く何かがいた。猿や鳥の類ではない。人ほどの大きさであるが、幾本もの足なのか腕なのか…。しかしなにより奇妙だったのが、その半身が人の女の姿を姿をしていたことだった。


 男衆は息を呑みながらも少し後退りして、やがて周囲の草木に火をつけた。冬枯れに近い草木は程なく火の手をあげた。ぱちぱちと木々が弾ける音と立ち込める白煙の中、時折金切声のような音が響いた。“あれ”の叫び声だろうか。その度に男衆は震え上がったが、続け様に火の手を広げていく。



 その時、“それ”が突如勢いを増して男衆の方に向かってきた!金切声をあげながら、炎や煙ももろともせず、長い蜘蛛の腕を振り上げながら突進してきたのである。最も近くにいたのは五平だった。まだ若く、男衆の中でも腕っ節の強さは抜きん出ていたが、あまりの恐怖で体が凍りついたように動けなくなった。


 「五平!!!」

 

 鎌のように振り上がったその足の切先が五平の喉元に届こうとしたその時、がくん、と“それ”が動きを止めた。


 どうやら草の蔓か何かが下肢に引っかかったらしい。


 いや、草の蔓ではなかった。その物ノ怪の下肢にひっかかっていたのは、おそらくはその叔母にあたるであろう、行方がわからなくなっていた老女の着物と帯であった。


 「ぎやああああああああああ」


 一際大きな金切声が上がったあと、その絡み付いた着物にも火が燃え移った。


 立ち上る白煙と赤い炎が、得体の知れぬ物ノ怪を包んだ。逃げる素振りを見せたが、その周囲もまた炎に囲まれている。その姿は、まるで紅い炎の中で踊っているようにも見えた。男衆は皆立ち尽くしながら、恐ろしくも美しいそれを呆然と見ていた。


 火の手は三日三晩続き、山肌のほとんどを焼け野原にした。後日山に入った村人の話によると、これまで行方がわからなくなっていた者と思われる数多の人骨と、人とも蜘蛛ともつかぬ形をした、大きな炭の塊を見たという。


 その後、寺では丁重に娘と犠牲になった者たちの供養が行われ、村の家々では「火の神」を拝む風習が始まった、と言われている。

<終>

ヒカリトイズ×arktz

真説・物ノ怪少女 女郎蜘蛛-agini-

[arktz限定カラー]

蛍光塗装仕様


税込9,900円 

4/28(日)スーパーフェスティバル88 A-26 arktzブースにて先行販売

https://artstorm.co.jp/sufes1.html